EMPower vol.21 ロンドン座談会

2020年1月7日(火)、ロンドンで活躍する修了生5名が国際油濁補償基金事務局のオフィスに集結しました。

―本日はお集まりいただきありがとうございます。まずはみなさまの自己紹介からお願い致します。

佐藤:1期生、住友商事の佐藤です。ロンドンに来て4年9カ月となりました。欧州事業開発部門で欧州全域の新規事業開発を担当しています。
松井:松井です。SMBC日興証券の現地法人に勤めています。ロンドンには2017年11月に着任し、3年目に入ったところです。EMPは6期でした。
篠田:18期の篠田です。みずほ銀行の産業調査部で、調査とお客様の事業戦略構築のお手伝いなど、シンクタンクと投資銀行の中間のような業務に携わっています。ロンドン着任は2018年5月で滞在はまだ1年半と少しです。
小林:小林です。9期で上村さんと一緒にEMPower編集委員をしています。本日はお忙しいなかお越しいただきありがとうございます。国土交通省からの派遣で、国際油濁補償基金(IOPC Funds)という国際機関の事務局に勤めています。仕事は事務局内の法律関係の業務を担当しています。ロンドンに着任したのは2015年の8月で、佐藤さんと同じ頃ですね。

―本日、司会進行を務めさせて頂く9期上村です。三井住友銀行の欧州営業第四部で働いております。ロンドンの勤務は今年4月で丸3年となります。本日は宜しくお願い申し上げます。

イギリスでの生活・勤務について

―まずはイギリスで勤務されている観点から当地の印象、特に「一番いい」「もっとも腹が立つ」などの点がございましたら、ぜひお願い致します。ご滞在のもっとも長い佐藤さん、いかがでしょう。

佐藤:イギリスで一番いいと感じるのは「これぞエスタブリッシュメント」というところでしょうか。これは、単に階層という意味には留まらず、ロンドン市内や郊外に行くと風格のある建物がたくさんあったりして、いたるところに歴史と伝統の重みを感じます。悪いところは食事がいま一つ。これでも昔に比べればましになったと言う人もいますが…。
小林:確かに周辺の国のほうが食べ物は美味しいですね。
松井:私の場合は若いときにアメリカに留学したので、竹を割ったようなアメリカ人の性格が海外のイメージになっていたのですが、イギリスに初めて赴任してみて、イギリス人と日本人では気心が通じるところがあると気づきました。空気を読むところや本番に臨む前に根回しをするところなど、アメリカ人のスパっとした性格から比べると、仕事をしていく上では日本人としてやりやすい。これがよいところですね。その反面、悪い点は裏で何を考えているか分からないところがあって、忸怩たる思いをすることもあります。
篠田:旅行好きとして、イギリスの「ベスト」は欧州のどこへでも2時間くらいで行けてしまうところです。ローコストキャリア(LCC)王国と言われるだけあって、飛行機による旅行がしやすいですし、歴史のあるいろいろな街を巡ることができる。この意味ではロンドンに勝る場所はなかなかないと思います。一方「ワースト」は祝日が少ないこと。確認したところ日本は祝日が18日もあるのに、イギリスは8日しかありません。だからせっかく行きたいところがたくさんあるのに行ける日があまりない…。
小林:さきほど松井さんがおっしゃったことと重複しますが、イギリス人は「行間を読む」文化があって、親しみやすいと思うところはあります。その反面、悪いところと思うのは「人種のるつぼ」でありながら差別が存在するところでしょうか。これはイギリス全体ではなくロンドンだけのことかもしれませんが。
松井:差別、ありますか。あまり感じたことがないのですが。
小林:たとえばバスを待っているとき、自分が正しいところに立っていても、少し離れたところに白人の女性が立っていると、バスの運転手は必ずそこにドアを合わせるかたちで停車する、とか。

―私も同じ経験をしたことがあります。ただ、イギリス人の間でも階級や出身による差別があるのも事実で、外国人や私たち東洋人に対してのみのことではないかもしれません。

篠田:それは差別というより区別ですね。なにしろいまだに貴族が存在する国ですから。
小林:「いいところ」に追加すると、チャリティーの精神が盛んで、そのために様々な仕組みが存在するところがすごいです。私の職場でもたとえばケーキの腕前を競うイベントを通じてお金を集めチャリティーに寄付するなど、いろいろな企画があります。また、ロンドンマラソンに出場したときは同僚からの応援の募金があり、集まったお金は英国赤十字に寄付しました。このような文化は大陸側の欧州ではあまり盛んでなく、イギリス固有のもののようです。

―私にとって「いいところ」は、たとえばパブでビールを注文するときに人が大勢いても、自分より先に並んでいた人に「次は君だよ」と順番を譲る。そういうフェアなところには感心します。アメリカのバーでこういう経験はありませんでした。でも同じくパブの話だと、場所によってはまれに白人の客を優先するようなバーテンダーがいたりして、それが「悪いところ」ですね。

篠田:でも昨年9月にジョンソン首相が就任したばかりの頃、議会を閉会してしまいました。法を重んじる国ながら多数派工作で何とかしてしまう、というのはどうなのでしょうね。
松井:公明正大に、フェアに議論し尽くすのがイギリスの民主主義と思っていたので、ああいう奇策に出たのは残念でした。ジョンソン首相としては自分なりの戦術的な意図があって取った行動だとは思いますが、自分としてはちゃんと議論をしてほしいという気持ちがあったので「イギリスがそれやっちゃうのか」と。

イギリスの欧州連合離脱(ブレグジット)について

―それではイギリスの欧州連合離脱(以下「ブレグジット」)についてお伺いします。たとえば欧州で営業する銀行はブレグジット対応に平均1憶ドルから5憶ドルの費用を負担しているとの報告がありますし、あるコンサルティング会社の分析によるとブレグジットの影響で7千名の金融関係者と1兆ポンドの運用資産が大陸に流出する見込みだそうです。現地で働いている経験からご意見を頂ければ幸いです。

佐藤ブレグジットには、エコノミクスだけでは語れない「アイデンティティ」の問題が大きく影響していると思います。そして、そこにはソーシャルネットワークサービス(以下「SNS」)の影響も無視できません。SNSの情報伝搬力には凄まじいものがあり、隣の国、世界の各地域で何が起こっているかを瞬時に伝えます。同時にSNSはそもそも「自分のプレゼンス」を世に発信し承認欲求を充足させるツールですね。これを裏返してみると、個々人がこぞって「個人のプレゼンス」や「個人としてのアイデンティティ」の確立を急速に意識し始めていることかと。それと同時進行する形で、グローバル化に伴う移民問題を契機とした不安と不満が噴き出し、「自分の立ち位置はどこにあるのか」「自分はどこに帰属しているのか」という「ネーション」への自問と覚醒が始まった。人間としてのプライドとかアイデンティティとかの話ですから金銭では解決できない上、それがSNSを通じて増幅されている印象があります。だからエコノミクスだけでは語れない問題になっていると思います。
松井:歴史的・文化的背景も影響しているはずです。自分としては「イギリスもドイツもフランスもみんなヨーロッパ」という認識だったのですが、現地の同僚と話していると「イギリスと欧州大陸は違う」という見解をよく耳にします。欧州連合自体、その前身はドイツやフランスが中心となって設立され、イギリスは1960年代に加盟しようとしたらフランスの拒否権発動で認められず1970年代にやっと加盟しました。このような背景に加え、島国であるイギリスと欧州の大陸諸国では文化も異なり、法体系も異なります。日本人には分かりにくい文化的・政治的な溝が根底にある、と感じますね。
佐藤特に私たちの周囲にいる現地の人々は、日系企業に勤めているという時点でリベラルな人が多いです。その上、ロンドンのような大都市に住んでいる人の多くがリベラル派でありブレグジット反対派です。したがって私たちの周囲には本当の保守、エスタブリッシュメントの人間は極めて限定的と言えます。だからイギリス国民の本音というか、全体的な意見は我々にはなかなか俯瞰して見えてこない。

―なるほど。それでは国際機関にお勤めの小林さんはいかがでしょう。

小林:国際機関にはいろいろな人がいますが、保守的なイギリス人が職場にいるかというと、何とも言えません…。それよりもロンドンに着任し最初の数年住んでいた地元でバトミントンクラブに入っていたときの経験が印象深いですね。週末バドミントンをしたあと一緒に食事に行くのですが、ブレグジットの話題になると見事に意見がバラバラでした。移民系の人は当然ながら「ブレグジットなんてあり得ない」と言う一方、たとえば警察官の人などは苦渋の表情をしながら「僕はブレグジットに賛成だ」と。
篠田:しかし日々の人の関わりを見ていますと、イギリス人と大陸の人を特に区別することはなく、普通に英語で会話をし、お互いに尊重しあい、ビジネスも成り立っています。少なくとも表面上はそう見えます。そして現在の経済情勢から考えればEUに残留したほうが確実に有利なはずですから、それにも関わらずブレグジットという判断がなされてしまうのはやはり理解が難しいです。

―合意します。

篠田:建前は「大陸とは分かりあえていて仲良くやっている」なのに、かつての大英帝国の栄光とそれに対する郷愁のようなものが働いて「俺たちは違う」という本音がイギリス人に存在することは理解できます。これは世界各地で起こっている自国第一主義とか格差拡大に反発するポピュリズムとかに通じる点です。そのような背景があって、現実には非常に複雑な問題であるにも関わらず「残留か離脱か」という単純な二元論に仕立てあげて、国民感情を煽っている政治家がいる。現状をありのまま照らして国民投票をすれば、もう少し冷静に「やはりEU残留だよね」という結論になってもおかしくないのに、無理やり二項対立の構図にしてしまったことで、経済合理性からすれば選択し得ない結論に行きついてしまっている…。これは残念な結果だと思います。
松井:しばらく前にテレビのインタビューで「仮に日本の政策を外国、たとえば北京やソウルが決めていたら、日本人だって嫌だろう。それと同じことがイギリスで起こっているのだ。イギリスはいま、自国のことを自分で決められず、全てブリュッセルに決められてしまっている。だから自分はブレグジットに賛成する」ということを言っているイギリス人がいて、これは分かりやすい例だと思いました。
小林:現実はそんなに単純な話ではないはずなのですが…。やはり感情に訴えたところが影響して冷静な判断ができなくなった、という部分があるのでしょう。
佐藤いま皆さんがお話されているように、日本のメディアも「EUに残留する選択が明らかに正しいのに、なぜイギリスはブレグジットなんて選んだのだ」というエコノミクス的な軸で語ることが多いですね。しかし私はそこは少し違うのではないかと感じています。イギリスのような歴史と底力をエスタブリッシュしてきた国の判断だからこそ、我々には見えていない視点で、少々の苦しみを伴ったとしても敢えて新たな枠組みや歴史を切り拓こうとしている、と見ることもできると思います。
松井:事実、ブレグジットを支持する人のなかには「EUに縛られず自由に、個別に貿易ができるようになるからむしろ得だ」と信じている人がいます。経済合理性という物差し一つでもリーバー(離脱派)とリメイナー(残留派)の見解がまったく違います。
小林:イギリス人は非常に現実的かつ実務的な国民です。だからブレグジットが経済的な面で深刻な害になるのであれば、彼らはきっと何かしら解決策を考えるはずです。

―その通りですね。この状態になっても「何とかなる」と、まったく慌てていないのがイギリス人らしいところです。自分たちは最後には絶対に解決できる、という強い自信が根底にあるようです。

佐藤その自信の礎にあるのがこの国の歴史であり、軍事力やインテリジェンスの強さです。イギリスは国としての根幹がしっかりしていますよね。EUだってイギリスの諜報能力に頼らざるを得ないところがあるはずですし。
松井:一方、イギリスは7つの海を支配した過去から、身を削りながら過去の遺産で何とかやってきた国、と見ることもできます。ここから再び何かを切り離すだけなのか、新しい展開を見せるのか。とても興味深い状況です。

―ジョンソン首相がEUとまとめた離脱協定によると通商協定などの交渉は2020年12月が期限となっています。それまでにブレグジットの条件はまとまるのでしょうか。

一同:それは無理でしょう。
篠田:自由貿易協定(FTA)は多岐に亘っていて、それを全て年内に直すのは不可能です。しかもイギリスの官僚はこれまでそういった条約の交渉をEUに頼ってきましたから、交渉のノウハウ・経験が欠けている、という話があります。いずれにせよ既存の条約を下敷きにして、そこに修正をかけていくしかないのでは。さすがにゼロから作るのは無理と思います。
小林:とはいえノーディールのブレグジットというのも現実にはあり得ない、と予想しています。ジョンソン首相が何を言っても賛成多数派でノーディールは回避するでしょうから。では一体いつブレグジットが実現するのかというと、これがまだ分かりません。
一同:分からないですね。

EMPでの学びとイギリス

―イギリスでの業務においてEMPでの経験が役立っているのはどういうところでしょうか。

松井:EMPの講義で横山さんが「ネーション国家」という、ある意味人工的な概念はこれから崩れていって、国家という概念を超越した大きな経済圏と、より小さい単位の「リージョン」という二つの括りに収束していくはずだ、という話をしていました。そのときは「そんなものかな」くらいにしか思わなかったのですがブレグジットとそのあとを考えると、まさにその通りの事象が起こっているわけです。これからアイルランド、スコットランド、イングランドという民族的にも文化的にも異なる「リージョン」がどう際立ってくるのか。横山さんがおっしゃった話が現実的になってきています。
小林:私は「課題設定」について考えることが多いです。たとえば環境問題は世界のみんなが一緒に取り組まなければならない問題であるのは明らかです。その一方「うちの国のことはうちの国で決める自由がある」という「国の自由」「主権国家」という考えがあって、たとえばアメリカはパリ協定から離脱しました。世界レベルの問題と各国の主権をどう平仄を合わせるか、はとても複雑な問題です。これからは特定の分野に限って主権国家を超越するような枠組みを考えていく必要があるのではないか。突飛な考えですが、これは今後世界全体が考える課題として設定できるのではないかと考えています。

―それは本当に難しい問題ですね。

小林:私が担当している条約では、補償金の支払いについて当基金と被害者の間で合意できないときはその国の最高裁判所の判決に従うルールとなっています。ところが各国には様々な思惑があり、国際社会が合意した条約の解釈と異なる解釈を故意にとることがあります。自分の都合のよいように国際社会の合意から逸脱し、結果として他の加盟国の負担が増えることがあるのです。こちらは条約の枠組みの中の話ですので、似て非なる話なのですが、こういう状況を見ると、各国の最高裁判所が決めたことを一定条件下で覆せるような手続きが必要なのではないか、と感じています。
松井:主権国家の話に関連して、昨今日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告が日本を脱出しました。自分が裁かれる国を選ぶというのは、ある意味「主権国家間のアービトラージ」を利用した行為と言えます。ゴーンさんの行動には非合法な部分もあるのですが、そもそも金持ちだとそういう「選択」ができてしまう、というのは問題です。

―まさにその通りですね。

松井:また環境問題につきましては、金融業界ではイギリスの当局が気候変動の対応について旗を振り始めていますね。イギリス、ロンドンというグローバルな金融市場で「この基準は守ってください」というルールを作ると、比較的速くパタパタと変わっていく可能性がありそうです。
篠田:米中の覇権争いのなか、欧州が存在感を出していけるところは環境、気候変動くらいしかないと思います。その点、欧州は「これが世界標準である」というルールを作って、技術を育て、域内産業の競争力を高める、というのがお家芸です。彼らは土俵を作るところが非常に得意ですね。たとえばパリ協定からアメリカは離脱しましたが、中国はまだ残留しています。その一方、欧州が中国と蓄電池のエリアで正面から戦っても勝てません。そんな中、再生可能エネルギーや気候変動の枠組みで欧州が勝つためにはどうすればいいか。欧州はとても上手に、したたかに行動していると思います。日本はやろうとはするけれど下手だから失敗してガラパゴス化する。「それ日本だけだよね」という結果になってしまうのです。

―佐藤さん、EMP第1期生としていかがでしょう。

佐藤:「課題設定」は私も考えますね。特に「言霊」の大切さを感じます。「課題設定」も「曼荼羅」も「社会システムデザイン」も、ちゃんとリアリティにつながる形にして言葉に落としこむことで、初めて現実味を帯びて、関係者をエンゲージできるアクションプランと行動につながると思います。あとブレグジットに関係して、日本の将来、特に移民政策についてはいろいろ考えさせられます。
松井:日本の場合、経済規模が縮小していくのであれば人口の縮小度合とうまくバランスしていくことも可能な気がしますね。
篠田:イギリスにいると地政学的に思考を巡らす機会には事欠かないですね。一つずつ深堀していくと大変ですが、いまこの時期にイギリスにいるのは本当に面白いと思います。

―おかげさまで本日は非常に興味深い議論になりました。大変ありがとうございました。


【 登壇者プロフィール 】
佐藤 誠之 / EMP1期

座談会時の所属・職位: 欧州住友商事会社、欧州事業開発部門長
2022年9月時点の所属職位: CSK(株)、業務役員、デジタルイノベーションセンター長
松井 俊明 / EMP6期

座談会時の所属・職位: 英国SMBC日興キャピタル・マーケット 副社長
2022年9月時点の所属職位: SMBC日興証券グローバル企画部長
小林 健典 / EMP9期

座談会時の所属・職位   : International Oil Pollution Compensation Funds Legal Counsel
上村 洋祐 / EMP9期

座談会時の所属・職位: 三井住友銀行 欧州営業第四部 副部長
2022年9月時点の所属職位: 三井住友銀行 米州リスク管理部 共同部長
篠田 篤 / EMP18期

座談会時の所属・職位: みずほ証券 投資銀行本部 ディレクター
2022年9月時点の所属職位: みずほ銀行 産業調査部 欧州調査チーム 次長


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