修了生インタビュー
- 鶴田 浩久
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2022年7月現在
国土交通省鉄道局次長
EMPの隠された意味?
時は2010年、私の上司は言いました。
「EMPか。車のガソリン切れの表示だ。職場も家庭も毎週emptyになるけど、頑張れよ。」
当時40歳を少し過ぎていた私には、ひとかどの仕事をしてきたという自負心がありました。JR発足10年後に残った旧国鉄債務24兆円の最終処理、逆風の中で国会に提出した交通バリアフリー法、成田空港ができてから四半世紀後の羽田空港「再国際化」、鉄道会社の壁を越えた短絡線の整備――
そんな私でしたが、EMPで、自分が井の中の蛙だったと学びました。誰にとっても自分を相対化して学び直す機会は貴重ですが、あれから10余年を経て私なりの意味を改めて考えて、「セレンディピティ」と「分人」で言い表せると思いました。
セレンディピティとは、探索する中で偶然出会う別の発見といった意味です。私が参加した5期では、東日本大震災の翌日に修了式が予定されており、あの日はプレゼンの最終チェックで全員が集まっていました。修了式は延期になりましたが、そんな巡りあわせもあってか、EMPのメンバーは私にとって旅の仲間です。
その感覚は身体知となり、その後も困ったときほど出会いと議論を求めてきました。
インフラ輸出の官民ファンド(略称JOIN)を創設したり、軽井沢スキーバス事故を受けて安全法制を強化したり、バリアフリー法を拡充して小中学校と連携したり、「空港の」に加えて「空港による」脱炭素化を始めたり。
いずれも、政府出資、貸切バス負担金、教育現場、環境ビジネスといったシステム駆動力を埋め込んで、自律的に回る仕組みです。以前のような仕事を中心にした人の輪だけでは発見できず、逆に、共創のプロセスで自分の強みも発見しました。
分人(ぶんじん)とは、芥川賞作家の平野啓一郎さんが提唱している概念で、これ以上分けられないindividual=個人という概念に対し、相手によって変化する複数の顔すべてが本当の自分だというものです。
平野さんとは、EMP受講の数年後にスピンオフ勉強会でご一緒し、アルゲリッチの娘でもある文学研究者を交えて数人で語りました。
本来「分人」とは、自分を全否定して絶望する必要なんてないんだ、というメッセージかと思いますが、私にとってはセレンディピティの基盤になっていると感じます。
他にもスピンオフ勉強会に参加して、いつも気づかされることばかりです。
こういったことが、旅の仲間と(飲みながら)語り合うことで継続的に実践できるのは、ありがたいことです。
ムーンショット思考が強化され、職場の人は戸惑っていると思いますが。
今後も、多くの人が相互作用の輪に加わってくるのは楽しみですし、さらに、卒業前の学生さんや、外国の人たちとも一緒に輪を大きくできるとよいですね。
今、冒頭のような激励の言葉をかけられたら、こう答えます。
「コップはhalf-emptyでなくhalf-fullで、その器を大きくし合います。」